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   実録・個人の昭和史I(戦前・戦中・戦後直後)
     句集巣鴨
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編集者
投稿日時: 2009-10-21 8:58
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・41

 昭和二十六年・その七

 
  星港の秋を残して復員す                  阿部 青光                 
  蛋民の児が火を焚ける霊送り

  蝉、蝉と網戸に寄りし見えぬまま

  護送車のわれに合歓咲きカンナ咲く


  夏蟲や吾晩学の講義の座                 岩本 一孝

  この夏渡辺はま子来演(一句)
  軽やかに唄ふ火の鳥支那扇

  冷そうめん一気にすする大あぐら

  名月や膝に影置く鉄格子


  長病みの熱押し上げて夏来る               平野 平

  採血や白百合の蕊うち震ふ

  採血菅ガラつかせ来る余寒かな

  獄塀は雨に黒づみ黐の花


  囚徒打つ雨季のピンポンのみ白し             樽本 事来

  生き残る地底の蟲の音の幾夜

  獄日記秋の一句を記すのみ

  風邪熱のややあり馬太傳数章


  落雷の夜空を截れる鉄窓に佇つ              鈴木 南潮

  切西瓜固唾を呑んで配りけり

  寒の水床に散薬こぼし飲む

  口紅き婦警携げ来し寒椿


  風若葉現にわたしはここに居る               田中 稲波

  藤蔓の指せる白雲夏めける

  梅雨ぐもり思索の眼光らせて
編集者
投稿日時: 2009-10-24 19:26
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・42

 昭和二十六年・その八


  罪意識なし強東風に打ち向う                 神住 童子

  噂する娘らその娘らが呉れし花

  出所の友へ(一句)
  あたたかな雨なり君はふるさとへ


  変圧器音を立てゐる桐の花                  溝口 烏帽子
  
  譴責を受け来し夜の蚊を憎む

  忘れたき事忘れ得ぬ雪のふる


  節分の豆ころがして獄の膳   河野 與一

  つぶらなる木苺の實に鎌を振る

  田島教誨師に贈る(一句)
  七夕や人の情にかわりなく


  孤児にしてその草笛のおどけたる               森 東洋

  閉ざされし獄門錆びて蜂這へり

  希望あり愚痴あり獄に暮れおそく


  あの頃のあの人が好き椿好き                 松山 翠巒

  話の穂人に取られて梅雨の獄

  八重山関(一句)
  その弱き故の人気や獄相撲


  さきがけてサフラン咲ける獄の庭               三上 木草子

  異國船派手に夏めく埠頭かな

  花棕櫚に落睴はなやぐ獄の庭


  帰還に際し刑死者の墓を訪ふ(チャンギー)(一句)
  夏草に小さき墓標を掘え祷る                 樋口 吐美

  涼風や同胞愛につつまれて               

  星港より帰還(三句)
  雨間の虫の細音の濡れてをり                 仲井 芝男

  水栓の音さわやかに帰還報

  船路いま祖国に近し夏の潮

編集者
投稿日時: 2009-10-25 8:44
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・43

 昭和26年・その九


  護送車の第一陣や風涼し                  山崎 一歩

  香港の夜景を窓に部屋暑し

  甲板の暑さに耐へつ下船待つ


  朝靄に現れたりほのと故國の山              福田 南昭

  無恙なる海路に安堵の汗を拭く

  十年振り秋風の沁み濱埠頭


  年頭の話題の講和牢五年                 掛橋 幽念

  うららかに影をともない友出所


  絢爛の崩れんとしてなほ牡丹                平光 同塵

  慰問キャンデーを戴き(一句)
  情(こころ)なれや寒暁咽にしむ甘味


  刑場の茶籬叩く霰かな                    生田 古瓢

  黝める囚人の貌や棕櫚の花


  新らしき下駄はき東風の人となる              田中 雀村

  蝸牛角冷かに朝を吸ふ
                 

  名を知らぬ花多きかな夕涼み                小畑 黙庵

  睡蓮や話し合う人なきままに


  晝風呂も沸きて朝より喜雨休み               犬山 天山

  囚房に今日未だ見ゆる帰燕かな

  
  骨高きあばらくらべてゐる裸囚               古川 宗花

  さびしさに堪え聖書讀む秋灯火


  ものの音の遠き庭なり初雀                 太田 都塵

  乞ふ君が明るさ庭のチユーリップ


  拭き給ふ汗の御顔の母老いぬ                渡辺 木舟

  淋しさに慣れて寒き夜ギター弾く


  病む友をみとり勵まし初笑ひ                 斉藤 一疊

  車塵巻く中に木蓮白かりき


  初富士に獄衣正して眞向へり                中村 桐青

  
  残雪につれなくも塀高かりき                 山口 杏太

  
  いのち惜しものの芽なべて伸びるとき            山上 竹泉

  
  入學のまだ見ぬ吾子の初便り                小柳 八條


  春寒し主なき椅子の小座蒲團                保田 志空子


  狂囚のふと立止る紅椿                    福地 鐘風


  刑場の鉄扉黒ずみ苔の花                  白井 宏樹


  口論の果の淋しさ金魚見る                  阿部川 遊子


  向日葵やうしろに遠く松木立                 井部 春陽


  胸のすくニュースの欲しい暑さかな             木原 清人


  照りかへす四號門の身検(みあらた)め          宮武 若水


  両國の花火僅かに獄窓に見え                鈴木 芳月


  カナリヤに耳つつかれて涼みかな              吉岡 一仙


  羅に同胞はみな色白く                    仲井 芝男


  手術衣を乾せる垣根の紅鶏頭                山本 如柳


  月明かり思ひは千々に鉄格子                神代 勝正
編集者
投稿日時: 2009-10-26 7:27
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・44

 選者吟・その一 

 小峯 濤萃


  昭和二十三年

   さびしさに見廻はす獄裡雪明り
            
   春の富士検事眺めぬわれも見ぬ

   裁きへのかなしき旅よ夏の霧

   ひぐらしを聞きぬ法廷控室

   顔の汗重き手錠の袖に拭く

   囚人と言ふ現実の汗を拭く

   所内佛堂(一句)
   首あげて曼陀羅拝す堂涼し

   下駄飛んでありぬ時雨の絞首台

   同塵翁眼鏡置きたる菊の卓

   自害者の血黒き壁や冬日影

   入れば締まる獄扉を視つむ年の暮

   獄に募る憂さ如何にせん年の暮


  昭和二十四年

   たとへなきつつしみ父の初便り

   ふるさとの無惨に恋し寒鴉

   囚人なりし壁に春晝惜しむとき

   松蝉を見上げて過ぎぬ死刑囚

   つつぢ折り来るに獄吏は眞顔たり

   風涼し宵の獄庭見てあれば

   名月や下駄へ投げこむ格子影

   あきつむし雲の中から湧くごとし

   引かれつつくぐる灯赤しクリスマス

   何事もなく夜となりぬクリスマス

   年の夜と思へば淋し扉のひびき

   こころよきぬくき蒲団のわが匂ひ


  昭和二十五年

   牢に年新たまることかなしみぬ

   囚人と思へぬ落語春舞台

   いろに似ぬ苺の味のさびしさよ

   木蔭行く女囚なみだをふり向けぬ

   眠られぬ晝やいくたび暑さ言ふ

   夏痩せの顔夜の玻璃に驚きぬ

   夏日負け脈とる医師も囚人たり

   甲蟲外へ放して気安らふ

   面會す父の古扇をかなしみつ

   手枕の一疊寒し百舌鳥の聲

   毛布干す死刑の屍出し門

   古暦みかへしおのが齢憂ふ


  昭和二十六年 

   水耕農場(八句)
   わが通るときの新宿うすがすみ

   駅の音丘の方より野はうらら

   なつかしや踏んで惜しみし野のつくし

   のどかなり大温室の中青く

   たんぽぽを野に見ることの何年振り

   春草の上をしみじみ歩きけり

   別れなり握手つめたき五月靄

   草の香がほのかに汗の手にありぬ

   水蓮の葉上の蟻に似したつき

   苔の香にわが経し獄の日を数ふ

   水耕農場(四句)
   氷うまし草に身を置く仕事の間

   鉄路来てすがる荷蔭の氷桶

   濃き日焼この身奴隷でなくて何

   畝まぶし汗ふり拂ふ影小さく
編集者
投稿日時: 2009-10-27 8:11
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・45

 選者吟・その二

  河野 一淡

 
   昭和二十四年

    春寒を言ひつ閨の灯は妻消しぬ           
   
    十和田湖回顧(一句)
    火口湖の碧さ一蝶吹かれをり

    空虚われまなかひの獄塀蝶越せば

    矢は的に立ちて落花の一しきり

    花に佇つ尼僧に今日の昏れ残る

    妻の顔子の顔幟晴れつくす

    この窓に春や怨みと囚幾人

    燃ゆるかに音なき雨のつつじかな

    柿若葉陽はレグホンに溢れつつ

    独房に患みて一燈五月雨るる

    蛍とぶ岸に一日の鍬洗ふ

    土埃麦に残してバス行けり

    麦笛の少年に空涯なかり

    朝の気に金魚の卓の微塵なし

    慶びの席とし金魚灯にゆらぐ

    金魚池に竹の夕ぐれ動き初む

    青柳の落ちし朝なれ土匂ふ

    風呂浴みし人夕顔の風を言ふ

    人喚く蝿の魚市通りけり

    風鈴に池畔の風の余すなし

    浪に失せし流燈になほ佇てりけり

    風秋を動き軍鶏の羽疎か

    傘さして萩のみだれを束ねける

    神韻の山湖湛へて銀やんま

    抜き足の子に蜻蛉の眼動きつつ

    柿たわわ七郷の空晴れ渡る

    柿干して山ふところに家富める

    死火山は案山子の?の向く方に

    独唱のステージは湧き菊揺るる

    花山師(一句)
    秋ゆくや弥陀御ン前に師は痩せて

    ペチカ燃え團欒犬も交へたり

    裁判途上(一句)
    冬の月浚渫船は動かずて

    雪眼鏡ことにはルージュ艶きて

    寒雀日暮思卿の湧く癖は

    大川の水面に雪の降る灯影


   昭和二十五年

    乞食何か呟いてゐて梅だけ白い

    春立つ灯髪短か目に刈って見る

    薄倖の肩の細りよ梅雨に委し

    灯を消せば新涼房をはすかひに

    友の嘘に首肯いてゐて晝の月
         
    時雨るるやトラック炭骸(から)を積んで去る

    面會の妻よ氷雨にかくも濡れてか

    明日のあてあるなし冬の蝿とゐる

    熱の瞳に耐ゆるかぎりの雪降れり

    轉がせる一顆に冬日来て親し

    醫師立って注射器すかし冬木窓


   昭和二十六年

    木の葉髪老の独語はあわれまむ

    春あした女警の歓語門出づる

    狂囚の房ひっそりと桐咲ける

    塀の遠ヶネオン涼しき夕を呼ぶ

    何もかも秋遠きもの遠くして

編集者
投稿日時: 2009-10-28 7:55
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・46

 選者吟・その三

  矢野 蓬矢 


  昭和二十三年
  
   於メダン
   スコールの叩き去りゆく獄舎かな

   さらでだに獄愁の身に雨期は憂く

   銀漢や地にうづくまる一囚人

   銀漢は夜々冴え人は獄に飢ゆ

   囀りにたのし望はすてまじく

   一片の手にある紅葉独房裡

   暦日のなき獄中に年惜しむ


  昭和二十四年
 
   於メダン
   讀み初めや好きなロマ書第五章

   初夢はさめて獄裡のわれなりき

   春眠や煙草絶えたる眠たさに

   闘魚句会命名(二句)
   闘魚の眼一点に凝り鰭ふるふ

   奇しき刺頭上に闘魚列びゆく

   銃刑の友(二句)
   蟲も泣け落葉も叩け名残の夜

   春灯に涙痕とどむ笑顔かな

   君偲ぶ窓やつぎつぎ流れ星

   蚊にも慣れ獄の月日はただ流れ

   囚われの身に本意なくもまた夏来

   何もかも失ひはてて獄涼し

   一とせはかくて廻りて獄日永

   亦快事遲日の獄にころがるも

   つれづれと又つれづれと獄日永

   せめて虹たてよ運命の地を発つに


  昭和二十五年
 
   於巣鴨
   春近き祖國を指呼にみな列ぶ

   寒梅に芽麥にしかと祖國あり

   巣鴨なる春待つ人に伍し了へぬ

   寒天は蒼々虜囚の顔に蒼

   めしうどに春草一莖雲一片

   獄に朽つ身とな思ひそ木の芽風

   冴え返る獄窓数奇の自傳書く

   獄掟ばかばかしきなり春寒きなり

   春光を来て上気して妻面会

   囚はれの四月馬鹿の日めぐりきぬ

   水耕途上(一句)
   人呼んで戦犯通り蝉時雨

   刑場の草とるめしうど今日の秋

   新涼や牢にぼけたる顔二つ

   わが変貌かくや秋水にかくや

   秋風や獄に慣れ堕すわれとこそ

   世にはるかはるかに隔て菊にあり

   菊の香や罪なき罪を負ふも亦

   時雨ぐせわれは居眠りぐせの獄

   枕上下駄ならんだる夜寒獄

   めしうどの遺品にありし木の実かな

   獄囚に獄囚文学文化の日

   傳統の文化傾く文化の日

   わが悲願はかなく秋はいゆくめり

   幾秋のかくて行き朽つわが身ぞと


  昭和二十六年

   於巣鴨
   初デマの拡り早き獄の内

   獄三歳ものもひ絶えて風邪に臥す

   春遠からじと妻の文綿々

   秋めくや釈放近しと誰も彼も
編集者
投稿日時: 2009-10-29 8:04
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・47

 遺作・その一

  故深谷 杏翁


   祭礼や金の屏風に獅子頭                

   ハイキング祭の村を通りけり

   欄干にのしかかる子や緋鯉跳ね

   新刊書ふところにあり生麦酒

   熱燗に貧乏揺ぎの影ぼうし

   氷上に高梁桿の大焚火
      
   灯に移す竈の燠(おき)の煙かな

   燃え盛るマントルピース裸婦の像

   休戦のラッパ山野を覆う焚火かな

   家計簿の吸取紙や年の暮

   砂山に日向ぼっこの人一人

   紫の文箱の紐や水仙花

   山茶花の垣に人あり療養所

   武者繪凧糸目十六大うなり

   吾子が抱く埃及模様の大手鞠

   寒紅や京で京紅小町紅

   大寒や友禅晒す加茂の水

   寒月や猪嚇しの水太鼓

   福耳の娘十九の厄拂ひ

   手鏡の青貝細工こぼれ梅

   羽子板の押繪の金糸純ひけり

   サーカスのピエロの嘆き春寒し

   犬連れて利根の夜舟や春寒し

   猫柳雪解出水の噂かな

   追東風にラストスパートテープ切る

   のろ狩のオロチョン若し春の風

   木琴を叩く少年春の雨

   新墾田(あらきだ)の木の根草の根春の雨

   春眠や紺天鳶鵞絨の夜着衿

   チェックする相聞の歌春の灯に

   春灯や浮世繒の怢色褪せて

   雛壇にフランス人腰かけて

   カンテラに青葉若葉の植木市

   時うつり女新し古代雛

   薫風や航空便の家信来る

   雨漏りの雫に守宮尾を曲げて

   群外れ走りゐるなり守宮の子

   守宮去ってうつろ心に雨をきく

   石の床足に冷たし雨期に入る

   老囚や雨の長夜を酒談議

   年迫る異國の獄の夜啼鳥

   審く人審かるる人年の暮

   わが運命ここに迫りぬ年の暮

   押送の手錠冷たし年の暮

   逝く年や獄に子の歳数へけり

   牢番の仇名おもしろ日向ぼこ

   裁かれて残る命を日向ぼこ

   同囚の土人と語る日向ぼこ

   初夢の舞台は椰子に雪が降る

   初御空鉄窓三尺茜雲

   初鶏を獄のしじまに聞きにけり

   雀の子チョンチョンと鉄格子
編集者
投稿日時: 2009-10-30 6:27
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・48

 遺作・その二

  故後藤 黒耀石

 
   薫風や剣峰一線軍旗祭                       
   ラッセツ車吹き上ぐ火の子と雪煙り

   猪鍋に「ながのりさん」出て木曽夜長

   呼聲に角立つて来し炬燵かな

   村夫人炉端で慷慨民主の世

   長押槍亡き祖父炉端の語り草

   白湯すすり炉に榾くべて語り継ぐ

   山里の歳暮に粗品蕎麦一俵

   浄財に不浄も混り慈善鍋

   黄水仙應挙の小犬新疊
        
   亥の年張犬(いぬ)の年玉幼子(こ)は抱き寝
           
   一家愛で隣家もたたえ幼女(こ)の春衣

   「五つとせ」因幡の兎で手鞠それ

   寒月や愁怨秘めて戸田城趾

   寒稽古終りて高吟雪の道

   早梅の囲む茶店や千鳥城

   䌫の解き長棹一杯猫柳

   網影に浜ぼうふう萌ゆ九十九里

   東風切って一馬身の差ゴールイン

   入学の子の品々に假名名前

   人もなき解体船や春の雨

   春雨に踏むや祖國の第一歩

   踏切に貨物車長し春の雨

   復員船故山の港や春の雨

   黒々とおたまじゃくしのクレヨン画

   マンデーや湖底の小石数えもし

   夜は更けつ守宮時鐘の尾に啼ける

   月白きヒンズー伽羅啼く守宮

   やもり鳴く異郷の獄舎三年越

   今日からは子供連れて来て黒守宮

   語り合ふ露台カンナと鳥籠と

   色カンナマンゴの並木女帝街

   トバ見ゆる外人墓地やカンナ垣 
   (註 トバとはトバ湖)
             
   聞こえ来るロンゲン囃子舞ふ蝙蝠(かろん)
         
   朝は靄カンナは紅や山の家(バンガロー)

   妻と子とちり鍋帰還のこの我と
             
   三河村ペーチカ火の酒手風琴(ウォッカバラライカ) 
   (註 三河村は北満白系露人村)
  
   櫨椎に曾祖父の痕祖父の痕

   年の瀬を端座瞑目獄静か

   日向ぼこ同囚(とも)の髯面眼の凹み

   日向ぼこ獄塀一重車馬の音

   日向ぼこうつろ砂文字獄の庭

   日向ぼこ眼を閉づ同囚は明日裁き

   鉄格子群青三尺初御空

   元日や端座瞑目独房裡

   書き初めは恩讐それぞれ獄中記

   鉄窓々々に揚がる歓呼や凧合戦

   江南の早梅一輪遺書に添へ

   獄痩せを覗くマンゴの新芽かな

   なけなしの獄飯撒けり雀の子
編集者
投稿日時: 2009-10-31 8:01
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・49
 遺作・その三

  故花岡 萃静


   窓の灯にうかぶ黄カンナ蠑蛄(けろ)の鳴く

   歌人とて楓紅葉の奥信濃

   秋祭り新嫁愛し紅﨔

   初賣の福引看板大榾火

   なにはなくとけんちん汁ともてなされ

   のびのびつちぢみつ文なす金魚玉

   ぼんぼりの映る離座敷緋鯉跳ね

   日向ぼこ縫ふ輪の娘小さく笑みぬ

   病床の水仙朝の陽を浴びつ

   寒明けて煙は高し蚕糸の町

   朝鮮(六句)
   濁酒は朝鮮漬(キムチ)と妓生温床(オンドル)に
     
   オンドルに朝鮮酒(マッカリ)にアリラン歌

   雪の朝送る兵士の焚火陣

   初御空白鷺飛び来る豆満江

   新羅王朝亡びし跡や菊見酒

   夢の夫追ふも吹雪に怨し覚む

   支那(四句)
   スチーム暑し大陸の展望車

   炬燵暖め君恋ひ待ちて七星想

   日本娘をりて蘇州の牡蛎の舟

   牡蛎舟の灯も揺れ映る濠の水

   南方へ(二十八句) 
   南支那海(うみ)かるくはばたき恋の南蛮鳥

   ゴルフの戯初球露台のカンナより

   夕焼けるマンゴー並木牛馬の鈴

   油照り赤道村と虎の村

   流れ星銀河を斜め南海に

   浮屋の灯映るムシ河雨季に入る

   抑留所(キャンプ)の灯沖に艦の灯蚊喰鳥

   勝栗の出陣式や獄の夢
       
   行くつばめわが悲恋(こい)のせよ獄の夫に

   夢の夫追うも吹雪に悲し覚む

   夢は祖国の雪赤道の獄に覚め

   炬燵する家郷憶ひつ獄暮れる

   除夜の鐘遠くかなし夫は異国
    
   年送る死刑囚(とも)は一句を笑ふて寄す

   獄窓に逝く年嘆き人は飢ゆ

   君が文開く緋の山花一片

   若水を残る命に浴びにけり

   此處に三歳塩汁と飯の獄の春

   夫還る嬉しさのまま初夢に

   碧空白凧一点獄窓に見入る

   残命をトランプ戯び獄の春

   愛情一路と振り出す恋愛繒双六

   仰ぐ寒月君は異国の獄に今

   つぶつぶと小さくうづまり寒雀

   君に綴る文や寒鴉の啼く悲し

   痩せに痩せ臥のわれ春寒し

   詩境の君が信濃路春寒し

   豆撒くや妻に小さき聲立てぬ

 
編集者
投稿日時: 2009-11-1 8:24
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・50

 遺作・その四

  故篠田 喜世法

 
   プロペラ船瀞八丁の青嵐

   青嵐に眞紅のヨット潮碧く

   番宿の爐圍の葛切る飛騨乙女

   峠茶屋馬追ひ炉端駄馬飼抹

   鳶は舞ふ昆虫山茶花に走り飛ぶ

   豔牀の妓紛華の華街松の内

   晦瞑のほぐれて眞紅初日の出

   舞初め妍倡の蜲蚫青疊

   雛を呼ぶ親鶏やさし草萌えて

   蹣跚とカストリ横町猫の恋

   入学や母と母とに幼どち

   春風や沟くれ鬼の町魚群来

   馬乗りの吾子の重さや春眠し

   鼻つまむ吾子の笑ひや春眠し

   退院の吾子抱へ行く斗魚鉢

   青桐の木肌の光春近し

   ドライブや車窓に黄蝶片はれて

   春雷や戯れ合う小犬つと離る

   目と口を列べて目高並びゆく

   種播いて二鍬かけて緩りゆく

   雛筐の文字古りたり母老いぬ

   逝く囚友や故國は今宵雛祭り

   獄中(十六句)
   鉄窓鉄窓に思ひ出咄月朧

   春眠の浮世一尺石の床

   飛び込みし子雀撫でて放しけり

   マンデーに飯にジャランに一日逝く

   野鳩鳴く椰子園の朝静かなり

   微風に揺ぐ椰子葉に夫婦鳩

   スコールの晴れて光れる丘の草

   スコールや一列縦隊群あひる

   スコールや隣のカンポン日カンカン

   蚊喰鳥織り舞ふ華街サッテ賣り

   霧揺ぐ耶蘇花のカンナ新なり

   ああゆかし知足の死刑囚の日向ぼこ

   髯面に紫煙ほそぼそ獄の春

   驕る凧敗れて流る遠見椰子

   恋猫の獄塀巡り夜もすがら

   春眠や怨憤もなし石の床
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