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   実録・個人の昭和史I(戦前・戦中・戦後直後)
     句集巣鴨
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編集者
投稿日時: 2009-9-7 8:34
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨

 はじめに

 スタッフより

 この記録は「句集巣鴨」からの転載です。句集そのものの転載につきましては、長崎美代子様、野田絢子様のご承諾を頂戴しています。
 また、転載させていただいた経緯につきましたは、先に掲載させていただきました「歌集巣鴨」と同様ですのでご参照ください。

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 句集 巣鴨


 目  次

  序
                     
  昭和 二十年  ( 一三句)
  
  昭和 二十一年 (  九句)
             
  昭和 二十二年 ( 四七句)
             
  昭和 二十三年 (一五〇句)
           
  昭和 二十四年 (二四七句)
           
  昭和 二十五年 (三四六句)           

  昭和 二十六年 (二四九句)
        
  選者吟    (一五〇句)        

  遺作     (三六二句)
        
  あとがき  ・・・・・・・・・          


 序

 戦ひにこの國は敗れた。 その戦ひにかかはりがあったことで 囚はれ、裁かれ絞・銃の刑に處せられ桎梏され、幽囚され、重労働され、人類史上初めての「戦犯」といふものに、我々はなった。 生死に直面し、鉄窓に呻吟し幾年月を世に、肉親に隔てられて送ってゐる。 何を罪せられたかは今はまだ語るべき時ではない。 ただこの間俯仰天地に愧ぢず、挫せず、屈せず静かに民族の興亡を洞察し、人生の帰趨を諦観して、悠々の閑日月の心境に起臥してゐる。

 この心境は軈て詩俳の境である。われら俳界の輩はこの心を、この起居をそそって、かつての回想を、十七文字に潜め、凝らして獄愁を散んずるよすがとしてきた。それが積って、集ってこの句集となった。 固より千才に倥偬した身で曽て斯の道に親しんだ者は極めて尠く多くはこの境涯に入って習ひ試みたのである。而も山川風物を観察し世情に興ずるを生命とする句作を牢獄跼蹐裡の不適に為したのであって、為に未熟不完成の感を世の人々は抱くかも知れない。

 けれども斯かる心情、かかる境地の作といふことを念慮さるるならば世に溢るるものとは、おのづからその道を異にすることを見出さるると思ひもするし、しかもこれはこの國に再びあるべくもないあらしめてはならない「戦犯」の如実の記録であり、同時に俳句史上稀なる獄窓吟詠でもあり、かつは遠く大陸に、南洋に馳駆した同胞の今は四つの島に押しこめられての儚い活躍を偲ぶよすがにもならうかと些か自負するのである。

 今講和成って、この巣鴨戦犯獄にも一大異変の待望のあるままに急いで同志相諮り協力してこの句集を作り先ず刑死・獄歿の遺族に贈り携えてわが家への唯一の土産とし軈ては知友にそして世に見て貰はうと考え望んでゐるのである。

 昭和二十六年九月二十日      選者しるす
編集者
投稿日時: 2009-9-8 8:04
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・2

 昭和二十年

  ルソン島 タール湖畔(五句)         小林 逸路

   湖澄んで椰子の實一つ漂へる

   湖を来る帆足は速し爽かに

   嶺づたふゲリラの径や花芒

   茶毘の煙靡かず髙し三日月

   秋風や岩攀ぢ登る野牛群


  敗戦(二句)                    白井 宏樹

   吾がすべて南の落葉とともに焚き       
          
   スコールに叩かれ訣別す戦友(とも)の墓


  戦犯容疑者として収容され(一句)

   罰として裸囚立ち並ぶ炎日下


   傷心を月のモルロの輪にまじる        田中 稲波
     (註 モルロとはインドネシヤの踊り)

   兵器海没皆むせび哭く椰子月夜


  比島
                      
   絞首台友ひかれゆく朝寒し          渡辺 風士春

   こほろぎの角吹く風や石疊          片山 和風

   友の船見送りしあとゴム紅葉         原 紅泛子



 昭和二十一年

  護送船中の裁判対策(一句)

   この嘘は美しきもの夜光蟲           田中 稲波
        
   マニラ湾木曽の残骸(むくろ)に夕焼けて
            (註 木曽とは巡洋艦)

   死の翳を深めて蟲と哭く深夜


   夏舞台あわれ狂女が紅の帯          小林 逸路

   み佛の御手にこほろぎ夜もすがら


  マニラ法廷(一句)
 
   海近きLAWN(ローン)は圓し芝刈機


  判決(一句)

   弾痕にマニラの夕日赤かりし          吉永 跣子


   独房に病みて春雨母恋し            渡辺 風士春

   入獄の身につめたかり月の影          福岡 幽鳴子

編集者
投稿日時: 2009-9-9 8:01
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・3

 昭和二十二年・その一


 比島(六句)

  椰子なぎさ高き蕃舎の灯れる         最上 鳴々子

  山窟に糧なし芒揺れるのみ

  穂芒の波迫りて来飢餓の眼に

  カランバ日本人墓地
  幾百基しろき墓標や蟲しぐれ

  マニラ市
  壊れ聳つ高楼つとに夕焼けぬ

  夕焼雲蕃婦ら街の聖堂へ


 香港(五句)

  検証の現地晝顔咲き乱れ             小畑 黙庵

  國境はあのあたりらし秋澄める

  法廷行藪の桔梗をかぞへつつ

  刑決り鈴蟲の音の佳き夜かな

  執行ありし直後に
  とろ温き風見よ紅毛のうす笑い


 マニラ出港巣鴨へ(三句)

  風信器祖國へ向ひ空は初夏           小林 逸路

  航跡はどこまでつづく夏の海

  舳を追ふいるかの群や洋に月


 刑死者を納棺して (三句)

  椰子の丘なほ温みある手にすがる        鈴木 南潮
          
  抛る土カンナに触れつ墓穴(あな)を掘る
   
  殉國の獄友(とも)鎭もりてカンナ燃ゆ


  判決を受けて囚舎の月に佇つ           田中 稲波

  スコールの闇へ思卿の眼光らす

  
 生還 (巣鴨還送)

  富士が見え岬が見えて海涼し
編集者
投稿日時: 2009-9-10 7:57
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・4

 昭和二十二年・その二


  夕焼や生き来し方のみじめなる           太田 都塵

  訴状よんで心いためるふところ手

  たまきはるいのちながらへさくら狩          三上 木草子

  秋風に老いて我れ守る古着店

  高き塀わが打つ槌のひびく春             吉永 跣子

  寒き顔積荷の蔭に見つめ居し

  噴霧器は菜畑の青に虹えがく             笹木 勇

  独房の玻璃にとらへし雪の富士

  ゆく秋の日光は白き壁にあり             平老 同塵

  星青し夜寒の牢に灯ともりて
   
  冴返る旅宿(やど)の階下に鳴る時計       保田 志空子

  車座の話途絶えて葱煮ゆる

  鐡の扉に背をもたせをり春月夜            依田 湖燕

  凧糸を奪いし椰子のうそぶける

  炎天の獄の園濃きカンナ咲く              樽本 事耒


 サバン島収容所(一句)

  緋のカンナ見つめいまだある憤り

  芽ばえたる椰子の実植えてキャンプ去る       原 紅泛子

  恩讐を越えし瞳やさし菊に風              加藤 三之輔

  日焼子の一人は吾子に似たりけり           伊勢 一風


 セレベス島メナドの獄S君霊前(一句)

  百合の壺そっと置き替へかなしみぬ          作田 草塵子

  仰ぎみつ花火消ゆるを惜しみけり            片山 和風

  足枷の冷々として夜の深さ                寺田 夢袋

  一燈に汲む支那酒や恋守宮               樋口 吐美
   
  刑場へ太陽花(マタハリ)胸に露の路         白井 宏樹

  蝙蝠やすぐ止む雨の寺の門               足立 岳春

  梅雨晴れや壁の白さが目にしみる           西山 清風

  ゆく船のデッキ賑はし夏の月               山本 磯吉

編集者
投稿日時: 2009-9-11 8:06
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・5

 昭和二十三年・その一


  判決前後メダン刑務所(五句)
   
   獄塀にひびく夕べのサッテ賣り              原 紅泛子
   (註 サッテは焼鳥の一種 インドネシヤ)
 
   ゴールデンシャワー降るマンデーもあはただし

   判決を終ふやスコール晴れてをり

   窓に垂るオランダドリヤン検事嚴

   人居れば人も涼しき榕樹蔭


  ジャワへ送らる(二句)

   船艙に連鎖苦しや赤道下

   苦力に顔をそむけて連鎖汗たるる


   花壺に蟻居てゆれて鳳仙花

   芝を刈る一人一人に芝青し

   トッケイの小窓に斜め十字星 
    (註 トッケイとはトカゲの一種)

   コーランもわびし獄舎に蚊を拂ふ 
   (註 コーランとはマホメット教の聖典)

   別れ耒てマタハリ草におろがみぬ

   人のなき晝の獄房守宮鳴く

   つぎはぎの毛布つくろひ雨季用意
           
   マンデーのまぶしき風に助骨(ほね)あらは
編集者
投稿日時: 2009-9-12 8:12
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・6

 昭和二十三年・その二


  母の訃や囹圄(ひとや)に木の芽ふく朝(あした)          田中 稲波

  朝露や素足にからむ径の草

  石垣島関係処刑さる(一句)
  嘆願書も空し夏夜にきく處刑

  涼追へば窓に夕の雲去来 

  新涼の雲ゆく空に放恣の瞳

  犠牲(いけにえ)の哀しき性(さが)よ霧に立つ

  誦経の窓に初秋の雲光る

  静寂の刑場秋のうらみとも

  霜の朝富士清澄に歩を継がず

  冬の蝿佛書の上にある陽射し

  しのびよるものみなかなし冬日光

  濠軍関係の友マヌス島へ(一句)
  春嵐語れず眺め立つ別れ

  畑を打つ老囚かって將たりし

  春愁に歌論描寫の手をおきぬ


  白蝶は髙塀こえて行きしまま                     福岡 幽鳴子
 
  午后になって風あり街は鯉の空

  藤の花垂れ咲くはしに風のあり

  落ちつかぬ蝿を見てゐる房の晝
       
  手造りの團扇に故郷(くに)の山畫きぬ

  グランド草刈作業(一句)
  草いきれ鎌とぐ石を探しけり

  盆太鼓風にききつつ獄に病む

  関東の嶺々近々と菊の秋

  フレームの苗おのおのに影もてり

  この年も壁と對ひて暮れにけり
編集者
投稿日時: 2009-9-13 8:46
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・7

 昭和二十三年・その三

 
  行春や女囚かすかに匂ひけり               保田 志空子

  刑受くる朝の歩廊や花菖蒲

  梅雨寒し護送車獄の門を出づ

  刑場につづく小径や蚯蚓鳴く

  ふらここの縄朽ちしまま冬木立

  隙間風空襲うけし日日のこと

  底冷えの今日釈放の友去りし

  いつの日か故郷の野に草焼かむ

  今日は今日明日は明日よと種子を蒔く          山下 南秋

  獄の日日碁に流れつつ春はゆく

  蝶飛んでキキと顔むく檻の猿

  相性は無口の父子梅に坐す

  船團は飛魚立たせ進みけり

  ドリアンに耳輪ゆれてゐて微笑

  椰子酒や大刺青のクーボ族

  花マンゴ四妻の同居老村長

  春愁や刑受く明日の髪を刈る               太田  都塵

  囚人となりし放心庭は春

  啓蟄や生き残りたるもの同士

  パッカード菜の花うつし通りけり

  風に耒て風に去る蝶獄淋し

  刑場を出て梅雨空のなほうとし

  逝く年や書簡の束をほぐし讀む

編集者
投稿日時: 2009-9-14 8:16
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・8

 昭和二十三年・その四

 
  春寒し囚衣はなれぬ雲の翳               最上 鳴々子

  春愁や人なき松の韻きより

  爽かに人なきコート横ぎりけり

  よきあした瞳に白萩の咲き満てる

  枇杷咲くやにぶき陽移る塀の膚

  A級処刑(一句)
  ひそひそと落葉に雨を聴く夜かな


  糊練うて句帖を張らんこの夜永              北 三十彦

  雲を追ふ雲その上の秋の空

  千々の念こもりて獄に柿熟るる

  東京裁判宣告の日(二句)
  寂滅の秋を裁きの心とも

  秋灯す房寂定の夜を刻す
 
  霜冴ゆる鉄窓に樹影揺れやまず


  向つ舎の春老思惟の胸にしみ               平光 同塵

  裁判開廷(横浜)
  春雨の道裁判へとたいらかに

  炎天にクレーン動かずドック跡

  炭塊の一つ秋日をはねかへし

  朝焼けの筑波根遠く鳥雲に

  さわさわと夕日流せり黍の風

  遠くより麥畑を来る陽の翳り

  聲若き死囚の歌や五月闇

  打水や鍛工鐵を断つ火花

  戦盲の菊に觸れつつ妻と居る

  片減りのきんし吹かしつ仰ぐ雁
編集者
投稿日時: 2009-9-15 8:03
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・9
 
 昭和二十三年・5

 
  傍聴の母は痩せたり夏衣                   岩崎 苔郎

  網越しに妻子の顔は日焼せし

  望楼の人動くなし雲の峯

  吾子癒ゆる報せうれしき今朝の菊

  病む吾子の夢ばかりなる霜の夜半


  糸柳もとより急ぐ道ならず                    三井 晴可

  スマトラの古き支那寺釋迦寝像

  大いなる沈黙なりき白牡丹

  失職の靴ぼてぼてと梅雨晴を

  枇杷の雨湖の虹消えんとす


  泰民踊(ラムトン)の楽遠からじ牛蛙              樋口 吐美

  マンデーに出されて眩し獄の庭

  日日同じ思ひに暮れて獄暑し

  野菊活けて獄舎も秋といふべしや

  雲ながれてながれて秋の日が暮るる


  子雀の餌を受くさまに微笑みぬ                 西山 清風

  犬晝を眠りはじむや春深し

  朝寒や柳の毛蟲ぽたり落つ

  鶏頭の眞紅太陽に挑みけり

  崩れては相寄り秋の雲疾し


  初夏の街どよもして今労働歌                   田中 雀村

  梅雨空やぼそりと獄友獨り言

  所在なくとる手鏡も梅雨のもの

  南凕の地に吾れ敗れて夏の草

  休務今日蒲團ゆたかに敷きて寝ん
編集者
投稿日時: 2009-9-16 8:24
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
句集巣鴨・10

 昭和二十三年・その六

 
  椰子猿を見上ぐる人の集ひかな              神住 童子

  應接間客と守宮と裸女の額

  熟るるまでパパイヤ育て来て離住

  独房に月光じつとにらみ坐す

 
  スコップにあごのせて見る秋の雨             中村 桐青

  裁きへの囚列黙し霜の音

  散歩する人に日はやし花八つ手

  出獄の夢に覚めたる寒深夜


  未帰還の僚機待つ空蛍とぶ                市橋 想子

  眞對へる鉢の金魚はきつき顔

  寝姿を畳に染めて房の汗

  秋の風セロハンの窓揺りにけり


  むらさきに輝く蜥蜴寺に入る                土井 一昌

  朝霧の椰子さわやかに入港す

  怪鳥の枝移りする良夜かな


  寒紅に妻おとろへて傍聴席                伊勢 一風

  法廷に我が子抱き得しぬくき手よ

  死刑判決(一句)
  春しまき呆然として鐵窓にあり


  守宮鳴く獄壁に故友の悲憤の詩             鈴木 南潮

  獄衣脱ぎ大鋸で氷挽く

  虜囚船鐵鎖鳴らして汗拭ふ


  荷は捨てん汗の手錠のきびしさに            小柳 八條

  寝返れば汗の手錠の喰ひ入りて

  汗を噛みタラップ踏めば連鎖鳴る
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