@





       
ENGLISH
運営団体
メロウ伝承館プロジェクトとは?
記録のメニュー
検索
その他のメニュー
メイン
   実録・個人の昭和史I(戦前・戦中・戦後直後)
     歌集巣鴨
投稿するにはまず登録を

スレッド表示 | 新しいものから 前のトピック | 次のトピック | 下へ
投稿者 スレッド
編集者
投稿日時: 2009-7-23 8:23
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・11

 病 間

 あたたかき友の情にみとらるるこの幸(さきは)ひを妻に告げまく      大島 紀正

 いくたびか望を断ちしわが病友の情に奇しくも癒えたり      小山 貞知

 屋上を工事するらし槌音がわが病む胸に響きて痛し      岡島 眞

 人恋ふる心湧きつつ病房に古新聞をひろひ讀みする        同

 病み呆けて折々何も思はざりまばたきもせず白壁に見入る      関 一衛

 病み臥る夜半を目覚めてひとり聞く雑居の房の雨漏りの音      宮武 都夫

 吾が胸の写真に見入るドクターにおぶさる如く吾ものぞきぬ       射手園 達夫

 吹きつのるケート颱風に醒めゐつつ明日退院の獄友(とも)まもりをり      白土 伍郎

 戦犯と六年を堪へてやうやくに曙光みゆるとき中風は病みぬ      菱田 元四郎

 一時間余りかかりて抜歯終りし時煙突の吐く煙は黒し      寺田 清蔵

 いくらかは心おちつき歩みゐる狂者に午後の陽光(ひかげ)おとろふ      楢崎 正彦

 病窓に倚りて眺むる大川に今日も暮るると鴎帰りぬ      鈴木 薫二
 (於三六一病院)
編集者
投稿日時: 2009-7-24 7:36
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・12

 面 会(その一)

 死水を採らすがわれの願ひぞとのたまふ父は網窓隔てて      井野 雅治

 みささぎのぼけの木のことを語る父老いましけりとまむかひて思ふ      鈴木 義輔

 お互いの苦しみは言わず網越しに笑みつつ別れし父と我かな      片山 謙五

 東京ゆ北に杳けき雪郷の幾年會はぬ母をし思ふ      最上 善一郎

 母そはに寄りゆく心はやりつつ面会申請書を書き改むる        同

 泣かしめてならじと希ひほがらかに四十五分の時間を努む        同

 眼尻の皺に滲める涙の痕見いだしてより言葉曇りぬ        同

 吾が面確かならずと言う母に幾度も位置を更へて見せたり         同

 をのこ故泣かじ笑まむと思ひつつ思ひつつ泣きぬ母にし會へば      餅田 実

 囚はれの身には許されねど老い母がはるばる餅をさげて来ましし      林 義則

 帰国後始めて面会す
 五年の窶れ見せじと微笑めば金網(あみ)に頬寄せ泣き給ふ母      渡辺 哲男

 刻(とき)過ぎて網戸をはなれふり向けばのびあがりのびあがり目守らす母上      中村 安蔵

 八十路の老母伊豫より来る
 網へだて慈眼しづかに笑みませば勿体なしや菩薩に在す      中原 獅郎

 はろばろと来て網の外に立つ母はお礼詣りを誓はせたまひぬ      渡辺 勝正

 頬痩せしと嘆かす母に袖めくり太腿見せむすべなかりけり      浅利 英二

 網窓に頬寄せて語るわが妻の息吹きに触れて切なかりけり      田代 友禧

 引つめの髪に梳れるわが妻の薬の息が匂ひこそすれ      東木 誠治

 厳めしき二重の網に頬よせて苦しき生活(たつき)語る妻かな      足立 福三郎

 我が憂ふ生活(たつき)のことを話せども多くは語らず網越の妻     石松 又助

 泣く妻のこころ知る故叱り得ず面あぐるを待ちがてに居り      寺田 清蔵

 苦しみの数々はいはずただ母が母がと云ひて泣ける妻はも      宮迫 忠久

 恙なく帰り来ませと網窓越しに吾をみつめし妻の瞳はや      長田 邦彦

 さりげなく語りあへどもたまゆらにいのち光れる汝が瞳(まみ)を見き      長谷川 義男

 「精神的に富んでるんですもの」とうるんだ眼で云う夫の私が囚人なのに      佐々木 勇
編集者
投稿日時: 2009-7-25 8:54
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・13

 面 会(その二)

 うれしげにもの云う妻のふけたるは告げがたくして眼をふせぬ      小谷 義郎

 桜花われに見せむと小枝一つ袂に秘めて妻が会ひに来し      穐田 弘志

 平静を装ひ話せど声かすれ早口となりぬ妻と逢ひしとき      片山 謙五

 つたなかる言(げん)互(かたみ)にいひにけり短き逢ひの時すぎゆくに      浜田 貞

 口下手のわが性さびしたまさかに逢ひける妻を慰めかねつ      岩沼 次男

 幼な子の軽き寝息を網越しにききつつわれは妻と語りぬ      宮崎 博

 三重の網戸悲しも妻と子の面輪はしかと見えぬなりけり        同

 はにかみて乳房に頬をうづめつつ時折われを盗み見るなり      岩沼 次男

 金網の無くてしあらば子を抱きて頬ずりもせむ口づけもせむ      小野瀬 一郎

 七年前妻の胎内にありし児が今網越しに吾と対(むか)へる      高橋 丹作

 退職金をあてに購(もと)めし赤き靴脱ぎて網窓(あみど)に吾娘は示しぬ      諌山 春樹

 昔わが著馴れし背廣身につけて子ははるばると面会に来し      吉田 喜一

 いとし孫の網を叩きてほほゑめばまなこくもらし共に笑へぬ      沼尻 茂

 はるばると筑紫の國ゆ来たまひし姉と短き時過しけり      樋口 良雄

 盆花火見給ひし夜に逝きたりと告ぐる妹を網窓は隔つ      菅田 近好
 (父の訃報)

 苦しかる生活(たつき)は云わず新潟より月毎に兄の会ひに来ますも      小林 宗平

 (妻の重病を見舞ふと五日間の假出所を許さる 二首)
 助からぬかも知れぬ妻の腎臓摘出の傷跡にそっと触れて見ぬ      芳尾 哲郎

 吾が胸に面打伏して咽び泣く汝が黒髪を噛みゐたりけり        同

編集者
投稿日時: 2009-7-26 9:09
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・14

 随 想

  悠 遠

 しながどりをりはへてなくあかときの巣鴨の空は神代ながらに      荒木 貞夫

 朝鮮事変に神功皇后をしぬびまつりて
 ありなれの水やかたらむとこしへにきさいの宮のいかしみ業は        同

 刑場に赴く人の絶叫をききて
 血に叫ぶ君萬歳の一声はやみをつらぬき永遠にひびかむ        同

 廃頽しゆく日本を見て
 天つ神われにたまひね手力を傾く國を起す力を        同

 われのみや心のどこかに皇のみちたづねつつここにこもれる        同

 昭和二十五年御巡幸をしのびて
 おん姿ただに仰ぎて薩摩路のわが山川も人も泣きけむ      福山 勝好

 海ゆかば水漬く屍と目をとぢてしづかに歌う雑房の隅      毛利 兼雄
 (元旦)
 
 罪無しと思ふ心の傲慢も神に対へばもろくも崩る      牧沢 義夫

 死にまさる恥を忍びて生きて来し我が祈りごと果させ給へ      東木 誠治

 身にしみてひたに希へりこの國に生きて再びいくさあらさせ給ふな      鈴木 義輔

編集者
投稿日時: 2009-7-27 8:58
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・15

 憂 國

 かくあればかくあるままにたまきはるいのちのかぎり力つくさむ      荒木 貞夫

 朝鮮動乱勃発 二首
 戦ひは悲しき(かなしき)業(ごう)と覚えしに絶ゆる日知らにおもほゆるかも      大城戸 三治

 細才千足(くわしほこちたる)の國の太刀さへや失せけるものを何に恃まむ        同

 今にして劣等感を抛たずば此の民族の叡知は枯れむ        湯浅 虎夫

 手を挙げていまをときめく輩なほまことしやかに愛國を云う        瀬戸山 魁

 独立なき國の國旗がビルの屋根に呆けし如くはためきて居る        大西 保

 はるかなる雲に夕陽のかがよへばかの慟哭は蘇り来ぬ      栗原 吉一
 (八月十五日)

 かの日より三年経しかばおのづからあらたに怒りの出で来てかなし        同

 原爆に二十万同胞の死せる日が「平和の日」となり講和なき五年        星 良二

 雄々しくも故郷守る若人は我が教え子ときくもうれしき      沼尻 茂

 忍辱のなげきを胸に五年を堪え来て心尚壮んなり      河村 秀一

 五たびわれ元朝を獄に迎ふれど壮心いまだ消ぬべくもなし      橋本 欣五郎

 戦争の日々を傍観し過ぎしとふ偽善もとほく時代うつれり      大槻 隆

 わが心祖國再建にかかるとき庭に笹生の鳴りやまぬかも      桂 定治郎

編集者
投稿日時: 2009-7-28 9:05
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・16

 恋 情

 啄木の歌集読みゐるわが囚友(とも)が妻恋ふくだりに丸つけてをり      東木 誠治

 君恋ふる日の悲しさを云ふ勿れ紫陽花は白く風に揺れをり      谷口 武次

 二年をかたみに見ざる恋愛を貧しかるとは吾が思はなくに      林 実

 不幸なりしその女友(とも)のこと語り給ふ稚(わか)き吾等を危ぶみて姉は        同

 慰むるすべもあらねば病む安藝の少女にこよひ文をしたたむ      星野 多喜雄

 交際(つきあ)ひてみよと云はれし女性より初信来りぬ雪霄れの午后      田中 勘五郎

 ゆくすゑの夢はもむなしわが一生(ひとよ)賭けて生くべき君は嫁ぎし      菅田 近好

 網窓を暗きにしばし黙しをり人妻となりし君と眞向ひて      中込 正義

 許婚者が解消を一途に迫れども故を知らねば為すすべもなし      栗山 迪夫  

 勝利者のさばきを信じ離れゆく澄子の心止めむ術もなし        同

 去りゆきし妻憎しめど吾が刑の長きが故にいまは諾ふ      西山 清

 戦犯が離婚の理由になり得るかと民法講義は質疑に入りぬ      毎田 一郎

 憎しみを心に秘めて来しかども会へばやさしき言葉となりぬ        同

 しかすがに指のふるへを意識して離婚届に署名を終へぬ        同

 再びを會ふことなけむ妻の名を指定面会人の中より削る        同

 すでにして破局をつげし半生に残りし吾子が妻に似ている        同
編集者
投稿日時: 2009-7-29 7:55
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・17

 思 郷

 しのばなむ耐へて生きなむたらちねに盡すべきこと多きこの身は      橋本 孟

 わが母と離れて住むは幾歳ぞ只一度孝行と云うものをしてみたきかな      星川 森次郎

 医者の業強いて続くる老いし父思へば牢に年は経にけり      大島 宗彦

 病む父のみ手とらむ日のありやなしや夕茜空しづかに昏れぬ      鳥巣 太郎

 七十余り五つの齢めでたくも母は現つに生きて在はすも      長田 邦彦

 目の前に逢はねど家に老母(おいはは)の待ちます我を幸とせむ      井上 彦次郎

 吾を待つ母は気丈に三度まで六十路を越えて病癒しぬ      片山 謙五

 誠実に生きて甲斐なき半生と言ひやればまた歎きます母      小林 逸路

 春されば蚕飼に疲れし母なりき獄の狭庭にうるる桑の実      本間 八郎

 便り絶えて仰ぐ家郷の空遠し八十路の母は如何おはさむ      酒瀬川 眞澄

 亡き母の面影追へど幼くてわかれしわれは夢にさへ見ず      伏見 鎮

 黒姫の遠嶺にしろく月照る夜母は淋しく逝き給ひけり      中庭 顕一

 しぐれの雨しとど染み入る土深くちちのみの父斂められけむ      佐々木 勇

 凍雲(いてぐも)の茜はさびし父が忌の夕の鉄窓(まど)にわが佇ちつくす        同

 いまだ見ぬ吾子の寫真をみつめつつ妻を稿ふ心湧き来ぬ      小牟田 眞

 病める児の脈さへ診ずて医者父のわれ堪ふべしやさだめなりとも      中原 獅郎

 かくりゐのよとせのうちに吾子二人ついでなくしてなほし苦しむ        同

 ともすれば崩(くずお)れなむとするときを吾子の名呼びて心支ふる      長田 邦彦

 身心(しんじん)を汝に傾け老いましし母をいたはれ娶りて後も      下田 千代士

 手を引かれ振り返り振り返り帰りゆく吾が児に似たる幼児があり      橋本 孟

 天地の変化厳しき中にして子等ことごとく恙なく居り      小山 貞知

 健気なる言聞くものか父が目に稚きものも世と闘へり      伴 健雄

 けなげにも吾に蔭膳そなふてふ吾子(あこ)をし思へばありがてなくに      星川 森次郎

 わが便り己が師に見せてほこらかに父ありと云う子らのかなしさ      瀬戸山 魁

 この空の遠(とほ)の果てに妻子あり只それのみが今日の幸福(さきはひ)      吉永 獅太郎

 いささかの秋繭を売りて背廣買ひわが出獄を日々に待つとふ      清水 利行

 重ぬれど安き日はなしさかりゐて乏しく暮す妻子思へば      中田 義久

 妻の切髪を携行入所す
 ここにして吾れ妻と在り(あり)掌中(たなうち)のこの黒髪はたましひかもつ 谷本 俊一

 或時は香りも高きくちなしの眞白き花と思ほゆる妻      加藤 三之輔

 送り来し書籍をくれば吾が妻の誌しし赤き傍線十余      栗原 吉生

 燃ゆることつひになかりし十年経て今限りなく妻を愛せり      藤原 清太郎

 十年をかへりみざりし故郷の人如何なればかくはあたたかき      古木 秀作

 「帰り度いなー」と叫ぶ若人の声聞けばわが老いし胸裂けむとすなり      額田 坦

 吾がかへり待てる友あり此の夏はキャンディを賣りて生活すと云ひ来      大島 宗彦

 雪解水すでに澄みつつわが峡のかへるでの芽も萌え出づらむか      長谷川 義男

 滾れ落つる湯の音ゆたに目を閉ぢて故郷の山温泉(いでゆ)恋ほしむ      西田 二夫

編集者
投稿日時: 2009-7-30 10:04
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・18

 感 懐(その一)

 死刑より減刑されて
 二年を死に隣して過ぎにけり余生を此処に籠らむとする      炭床 静男

 死刑より減刑されて
 生命ながく生きむと思ふ牢の日々老後訓など抜書をする      友森 清晴

 減刑のありたる夕べおのづから房訪ふ人の声も明るく      原口 要

 死刑より減刑となりし我がもとへ人の便りは急にふえにき      吉原 剛

 死刑より減刑されて
 減刑の今日は素足に踏みてみき土の触感のまこと親しく      上新原 種義

 久にして素足に踏みし朝の土土は親しきものにぞありける      山本 福一

 減刑になりて 二首
 ひととせを秘めてもち来しわが遺髪明けゆく朝の水に流すも      冬至 堅太郎

 睦び来し友と別れて死の牢を去りゆく心ユダの如しも        同

 静脈のことさら青く見ゆる日よ何となけれど哀しく思ほゆ      内田 利宏

 深海魚となりて木立を泳ぎけり或る月の夜の獄の中庭      井上 彦次郎

 紀元前五八六年ユダヤの國敗れてその俘囚五十年間バビロンに留めらる
 ユーフラテスの岸の柳に琴をかけシオンの歌をうたへと云はれつ      平光 吾一

 男はも此の世にあればほろにがき茶の味ほどにありたきものぞ      伊藤 義重

 おのが子を呑みしのちにも満たされぬクロノスの底意(そこい)を國々(くにぐに)に見き      平尾 健一

 虔しく生きむ希ひの崩れゆき世界動乱のきざしにおびゆ      福岡 千代吉
                           (朝鮮戦争)

 アトミックボンおとせと言へる海彼(かいひ)の声いまいましくて今夜(こよい)ねむれず      平尾 健一

 原爆を責め日本の主張諾ひし印度の声を聞き給ひしや      牧沢 義夫

 凍原のも中に寄する軍ありて三度京城の危機をつたふる      大神 善次郎

 ゆくりなく因縁の日の一瞬にかの将軍は命死にけり      毎田 一郎
 (ウォーカー中将)

 憎しみはすでにあらずと遠き日の俘虜が勝者の福音を説く        同

 御風先生の死が新聞の片すみに小さくのってをり五月の雨の日      星 良三

 秋風の身に沁む思ひ新なり終戦五年尚ほ獄に坐す      橋本 欣五郎

 「君が代」の存廃記事を読みゐつつ時代の変遷(うつり)牢に目守れる      浅利 英二

 獄にして無為に過ぎゆく中年のいのちは愛ししみじみかなし      寺田 清蔵

 七畳に四十人住ひし天津のひとやの夜々が今思ほゆる      毛利 兼雄
 (巣鴨転入第一夜)

 故もなく眉根に皺を寄する癖がああ幽居(かくりゐ)の記念となるか      小野瀬 一郎

編集者
投稿日時: 2009-7-31 10:22
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・19

 感 懐 (その二)

 自由とはかくの如きか米兵とはしゃぎ居る娘(こ)の唇朱し      田中 鎌太郎

 海の涯のアナタハンより還り来し新聞記事をくりかえし読む      北田 満能

 劇場に切符売りつつ貞節を通しし女(ひと)に夫還り来ぬ        同

 善し悪しは問はず心の涌くままに決行する奴憎し羨まし      関 一衛

 斯くまでの酷さに堕ちてなほ覚めぬ自我のみに生くる心悲しき      木田 達彦

 幾度か死を決したる敗戦後の日記を出して読みかへしをり      田中 徹

 罪もなき罪の汚名に居るわれに苦しみ抜けといふ声のする      福岡 千代吉

 一生(ひとよ)かけて求めし幸福(さち)は思はねど雨降れば房の壁より冷ゆる        同

 暗き歓喜にひたれるものよエロイカの流るるままに吾はあらなく      大石 鉄夫

 掌(て)にとれば小石も重しひしひしと物の一途の意志を傳ふる        同

 アジア的あきらめの語をさながらに年月長く牢に生きをり      長谷川 義男

 戦ひに果てにし友あり新妻を娶りしもあり吾は獄に居る      山本 福一

 論(あげつら)ひさからふ日々を過し来て齢(よわひ)三十に近からむとす      前田 時男

 来春は獄を出でむとさだかなるものの如くに語りあへども      西田 二夫

 過ぎし日は怒りもなべて美しき半生(はんしょう)の悔をさらさら思はず      谷口 武次

 今はただ疑ひもなく五年のひとやの日々をうべなひてをり      酒井 光

 ありたけの声はり上げて見たしとも思ふことあり獄の疲れに      宮崎 博

 國破れ戦犯となりて現し世に在り甲斐もなき生きやうをする      伊藤 忠夫

 「耐へ難きに耐へよ」と聞きて此の六年牛馬のごとく生きて来しかな      橋本 寿男

 人影の乏しき浜に寂しみて展(ひら)けし海をいつの日に見む      梅林 正治

 我が夢も小さくなりぬ山深くこもりて炭を焼かむことなど      西田 二夫

 歌よみの作り歌よりわが妹の稚き歌をわれはたふとぶ      保田 直文

 いきどほりもはたさぶしさもいまはただ思ひ出となる歌のかずかず      布施田 金次郎

 ひたすらに家守る妻にわたくしの感傷の歌はつひにおくらず      長谷川 義男

 喪はれゆく「人間」と悲しめるわだつみの底の声はきくべし        同

 かぶさりくる運命の波を超えゆかむ意志の力も疲れ果てにき      梨岡 壽男

 人の生(よ)の虚妄に疲れはてし身の思惟さへ断ちて白晝を眠れる        同
編集者
投稿日時: 2009-8-1 7:24
登録日: 2004-2-3
居住地: メロウ倶楽部
投稿: 4289
歌集巣鴨・20

 所 外 作 業

   途 上 風 景

 冬靄は街なみ遠くしづもれば見らくすべなし毛野(けぬ)の山脈      長谷川 義男

 華やぎて女往き交ふ池袋の駅前にして募金の傷痍者      小林 宗平

 ひた走る檻車見送り手振れりし媼のありて雨のたそがれ      山田 太一

 吾子の影求むる如く手を翳し戸塚の老婆いたはしきかも      吉岡 仙蔵

 たらちねの母にまみゆる心地して今日も夫人に帽子振りたり      射手園 達夫

 長雨の晴れて爽けき朝光(あさかげ)を背(そびら)に笑ます君が御姿      早川 暢夫

 何時までも過ぎゆく護送車(くるま)に子と二人手を振る人は戦争未亡人なりと      星野 多喜雄

 射的場の紅きカンナに落つる日を遠見つつ過ぐ護送車の上      森 良雄

 伊勢丹の屋上標識燈赤し護送車に梅雨の町をゆくとき      平岡 久忠

 吾が身には遠き思ひに見て過ぎぬ新宿街の映画「我が家は愉し」      山本 福一

 檻車見上げ手を拱ける年若き靴磨居て霙降る街      佐々木 勇

 自轉車にすがりて横よりペダルふむいとけなき少年キャンデー賣りが通る      中原 獅郎

 自轉車にキャンデーの旗なびかせて裏町をゆく軍服の男      大竹 善夫

 童らは競ひ走りて道の辺に集ひ手振りき吾等送ると      山本 福一

 愉しげに学校にゆく児童らの振り向きし一人が吾児(あこ)に似てゐし      立石 善次
« 1 (2) 3 4 5 6 »
スレッド表示 | 新しいものから 前のトピック | 次のトピック | トップ

投稿するにはまず登録を